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河和田の唯円

『歎異抄』の著者として有名な親鸞の高弟

親鸞の弟子に唯円という高僧は二人おり、どちらも常陸の国にゆかりがあります。一人は「鳥喰の唯円」で、親鸞二十四聖の一人で、常陸国鳥喰(現在の茨城県那珂市)に在住して、のちに常陸太田に西住寺を開基した「鳥喰の唯円」。
そしてもう一人のが水戸に縁が深い「河和田の唯円」です。
この河和田の唯円は浄土真宗の教えを説いた名著『歎異抄』の編者の一人として知られた人物です。
異説はありますが、『歎異抄』の編者としては真っ先に上がる人物であり、親鸞の高弟たちの中でも有名な人物の一人であると言えるでしょう。

荒くれ者だった男が仏の導きで仏弟子に

唯円は俗名は北条平次郎とされ、元々は信仰心のかけらもない荒くれものだったそうです。ですが、妻は熱心な浄土宗の信者であり親鸞の元に足しげく通い、阿弥陀仏の名前を書いた札である「お名号」をいただくほどでした。

しかし、そのお名号を平次郎は浮気の恋文と勘違いして激怒し、妻を切り殺して家の裏の竹やぶに埋めてしまいます。
ところが家に帰ると妻はいつものように平次郎を出迎えたのでした、驚いた平次郎が妻を埋めた竹藪を調べると埋めた後には「お名号」が埋まっていたのでした。
この事に驚いた平次郎は妻を切り殺した事を悔やみ、妻と一緒に親鸞のもとに行って、この事を話すと、親鸞は「仏様は悪逆の者ですら、そのお光のうちに収めてくれるのです」と語り、それを聞いて平次郎は今までの悪行を悔い改めて親鸞の弟子になったのです。

河和田の地で道場を開基

かつて荒くれ者であった事でかえって仏のありがたみがよくわかるようになったのでしょうか? 彼は親鸞の教えの熱心な弟子となり、その教えを『歎異抄』にまとめたのでした。
そして、のちに彼は河和田に在住し「河和田の唯円」として「唯円房道場」を開基します。それが現在、河和田の地に残る報仏寺の由緒となったのでありました。

唯円道場跡は唯円由来の報仏寺と別に史跡として残されています

かつては大きな池があった地ですが、今は埋め立てられてしまっています。

住所 〒311-4153 水戸市河和田町榎本3670のロ
アクセス JR水戸駅北口より車で約19分

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