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常陸江戸氏

水戸市の戦国時代は、佐竹氏ではなく江戸氏が支配していたという史実について

「戦国時代の水戸は佐竹」ではない!?

「戦国時代の水戸や茨城」というと、佐竹氏を思い浮かべる人が大半ではないでしょうか?

実際、戦国時代の水戸を取り上げたゲームや歴史小説やマンガなどでも、そのように反映されている作品がほとんどです。

しかし、佐竹氏が水戸城を陥落させたのは、天正18年(1590年)のことであり、この年は豊臣秀吉の小田原征伐の年です。

実は、佐竹氏はこの秀吉の小田原攻めに際して、いち早く秀吉に臣従を誓い、常陸国の国主として認められてからのことなのです。

つまり、佐竹氏が水戸城を得たのは、豊臣秀吉の天下統一がほぼ決まった後であり、戦国時代と呼ばれる時代の大半は水戸は佐竹氏の支配下になかったのです。

そう、戦国時代の大部分で水戸の一帯を支配していたのはここでご紹介する「常陸江戸氏」なのです。

 

常陸江戸氏とは?

常陸江戸氏による水戸支配は南北朝の時代にまで遡ります。

それ以前まで水戸地方を支配していたのは大掾氏と呼ばれる常陸平氏に連なる一族であり、その一族である馬場資幹により建久年間(1190年 - 1198年)築城されたのが水戸城です。

しかし、この大掾氏は足利時代に足利政権の不満や、常陸太田を中心に常陸国北部を支配する佐竹氏の南下に危機感を覚えて、応永23年(1416年)に前関東管領上杉禅秀の反乱に同調して、足利政権に反抗します。

しかし大掾氏はこの戦いに敗れて所領を没収され、代わって応永33年(1426年)、足利政権は佐竹氏の家臣である江戸通房に水戸城と水戸地方の支配権を与えられます。

もともと常陸江戸氏は、藤原氏を祖とする那珂氏を称していましたが、南北朝の戦いの折に佐竹氏とともに足利政権に協力し、那珂郡や久慈郡、さらに河和田、赤尾関、鯉淵などの支配権を確立しており、この地域が「江戸」と呼ばれていたことから江戸氏として独立した勢力でした。

この江戸氏が江戸通房の代に水戸城を得たことで、ほぼ後に水戸地方となる地域の支配権を確立します。

そして、江戸通房は佐竹家が「佐竹の乱」と呼ばれる内部抗争を行っているうちに佐竹氏の家臣より独立しています。

その際に、ちゃっかりと那珂川支流の藤井川流域の入野、増井(常北町)、全隈、那珂川流域の戸村(那珂町)、下国井、田谷、那珂西(常北町)、常葉、常澄、福田(那珂町)、高場(ひたちなか市)などの領土を奪っていることから、現在の「水戸市」とされる地域のほとんどを、この時期に常陸江戸氏が支配権を得ているということがわかります。

また、この頃は政治経済の中心は河和田城にあり、水戸城下よりも河和田城下が繁栄しておりました。

 

 

 

佐竹氏と江戸氏、水戸人か河和田人か?

こうして現在の水戸市とその周辺一帯を支配していた常陸江戸氏は、常陸国北部の支配者であった佐竹氏と、同盟したり決裂したり、ときに紛争などを行ないながら、常陸国南部へと勢力を伸ばしていきます。

このあたりの「常陸国の戦国時代」は、言ってしまうと南北朝時代からの因縁を引きずったり、血縁関係や地域の豪族たちを巻き込んだ非常に複雑なものであり、これだけで一つの記事ができてしまうので詳細は省きます。

ともあれ、室町時代からその末期におけるいわゆる「戦国時代」と呼ばれる時代に、水戸地方を支配していたのは佐竹氏ではなく、県央と県南部分はほぼ常陸江戸氏の支配下にあったのです。

しかし、天下をほぼ統一した豊臣秀吉の小田原征伐に際して、いち早く秀吉への臣従をした佐竹氏に遅れを取った事が常陸江戸氏の致命傷となります。

秀吉らしい大雑把さから「常陸国は佐竹氏の所領」とされ、佐竹氏は秀吉や朝廷の権力を背景に、江戸氏征伐や常陸国南部の豪族の討伐を「内乱」として平定する事が可能となりました。

かくして佐竹氏は常陸江戸氏や府中の大掾氏などの常陸国の中央や南部の諸勢力を平定し、名実ともに「常陸国は佐竹氏の所領」となります。

それに伴い佐竹氏が、その政治経済の中心を水戸城下に移し、そのまま江戸幕府の水戸徳川氏も受け継がれたため、「戦国時代の水戸は佐竹氏」というイメージが定着したと思われます。

おそらく、立場が逆で常陸江戸氏が佐竹氏を出し抜いていたなら、今の河和田周辺が今も常陸国の政治経済の中心地になっていたかもしれません。

他国の人々にはどうでもいい事かも知れませんが、水戸人にとっては「水戸市ではなく河和田市になっていたかもしれない」という身近なifの題材になるかと思われます。

 

住所 〒311-4153 茨城県水戸市河和田町
アクセス JR水戸駅より車で約17分

※取材時点の情報です。掲載している情報が変更になっている場合がありますので、詳しくは電話等で事前にご確認ください。